市川 4人家族殺人事件

市川 4人家族殺人事件

本事件は1992年に起きた、日本国内でもあまりに凄惨な事件として報道があまりされなかった事件です。

本事件の犯人の行動は非常に残忍で、聞いているだけでも被害者の方の気持ちを思うと心が痛くなるような内容です。

事件の概要

本事件は、当時19歳だった犯人Aが暴力団に200万円を要求されていたことから始まった事件です。

元は、フィリピンパブのホステスだった女性を連れ出したことがきっかけで暴力団から目をつけられ金銭を求められる事になりました。
そのため、Aはその金を工面する必要がありました。

本事件の実行の1ヶ月前に、とある少女Bが夜道で自転車を漕いでいるのを見つけ、彼女を車で轢いた後、自宅へ連れ込み強姦をしました。

何とかその場から逃げ出したBですが、その際に彼女の持っていた生徒手帳から犯人はBの自宅の住所を把握していました。

Bの自宅へ金銭の要求を目的に侵入したところ、Bの祖母が留守番をしており警察へ通報されそうになり、電気コードを使いその場で殺害。

その後にBの父母と4歳の妹がそれぞれ帰宅をしたため、順に殺害をしました。

またその後にもBを連れだした上でBの父母が経営していた会社へ金品を奪いに行った他、事件の一室やラブホテルなどにBを連れ込み複数回の強姦を行いました。

さらに狡猾なことに自身が犯人であることを誤魔化すために、Bに殺害の凶器である包丁を持たせるなどして逃走をしました。

逮捕直後も、犯行を否認・嘘の供述をしておりましたが同日夜に犯行を認めました。

事件の後

1994年の判決で、死刑の判決を受けた犯人ですが、当初犯人は少年法が適用されると考えており、死刑が求刑されるとは想定していなかったとの供述をしています。

このような事件を起こしておきながら、少年法が適用され「また少年院に入ることになる」と言う程度でしか考えていなかったそうです。

一連の事件の前後にも全く無関係な人たちへの暴力・強姦事件などを行っており、自身の欲望のためには善悪などは関係のないサイコパスのような人物でした。

裁判では、犯人Aを死刑とする第一審判決が出ました。
犯人Aは最高裁へ上告までしましたが、死刑が確定し、2017年に絞首刑により44歳で没しています。