探偵はチームプレーである。(二度目の説明になる) チームの心が通じ合っていれば 化学反応を起こせるし、 だからこそ降りかかる危機を爆散させ、回避することができるのだ。
対象者が建物内などで しばらく動かない場合は、立ち見と車に分かれて 張り込む。 一定の時間ごとに 配置をローテーションして、周囲の印象に残らないよう “スマートなエージェント” を徹底的にこなす。
真のバディはテレパシー連携
というのは大袈裟かもしれないが、 私と敦子さんの心が通じ合った 奇跡的な瞬間がある。
車の敦子さんと 立ち見の私とで、配置を交代する。 屋台が並ぶ人混みのわだかまりの中を 互いのいる位置に向かって歩き、中間地点で 敦子さんから車のキーを受け取るときのこと。
私は、一度だけやってみたかったことがある。 そう、我々はシークレット・エージェント。 対象者に気づかれないプロである以上、エージェント同士の 目立つ接触はもっての外である!
すれ違いざまに無言ロータッチを促したら
汲み取ってキーをつかませてくれた
その間、およそ0.8秒。 互いを視認しながらすれ違い、歩く速度を変えないまま 完璧に他人のふりをした二人。 見たか、この華麗なる オ〇シャンズ・プレーを…! あ、いや。見られてはいけない。 見られてはいけなかったのだが、 すぐ隣を通ってこれを目撃した男性が 「!?」 という顔で目を丸くしていた。
今だけは黙っていてくれ…!
スマートフォンはとても優秀だ。 しかし時に、チームプレーの緊迫感を 見事に乱してくれるものだ。
地震の揺れが私たちの足元に届く前に、 不快極まりないあのアラート音で危険を知らせてくれる。 人命第一なのは確かだ。 なかなか心臓に悪いことで知られている、長らく聞いていなかったあの音。
まさか、調査中に鳴り出すとは思ってもみなかった。
“ 『ヴぃイ!ヴぃイ!?ヴぃイ!!!』 “
例の、ぜったい途中 疑問形で叫んでるでしょって思わずにはいられない あの音で、突如プライベートiPhoneにブルブルしながら まくしたてられたとき、私は閑静な住宅街の道端に突っ立っていて、 時刻は早朝6時台だった。 私は声にならない声で表情筋をこわばらせ、 大切なカメラを落とさないように 気を付けながら iPhoneの口を塞いだ。
「(ちょっ、対象者が外出てきて 顔バレたらどうするんだよ!)」
幸い、その瞬間立っていた場所は揺れなかった。 そのとき私は、自分の身の安全と 依頼者が求める証拠写真を天秤にかけていた。 張り込み中に地面が揺れても 対象者が家の外に出てくるのを待ち、 避難している様子を尾行すべきなのだろうか? ….いやいや。調査を中断して 後日再開するのが正解だろう。 ああ、まったく。 突然のアラート音でなにもかもパニックだ。
充電コードは生きている
今日も今日とてジョーシはお茶目だ。
調査車両の運転席と助手席の間に、後付けのカーインバーター(車載充電器)たるものがある。
いや、ジョーシが言うには、「居てる」。 その黒くて四角い生物(装置)からは、 白や黒やシルバーの触手(コード)が数本生えている。 触手の毛並み(絡まり)を一本ずつきれいに整えたかと思えば、 3日後にはまた兄弟げんかをしたかのように絡まっていて、 どこに顔(端子)がついているのかも分からない状態だ。
“ ほんっと、こいつら… 生きてんねん。 笑 “
調査員4人でしっちゃかめっちゃか、 こねくり回して充電するので 気づけば絡まってしまうというのは いたしかたない。 充電コードもびっくりだろう。 ただカーインバーターの上で生きていただけなのに…、と。
ああ、そういえば。 ビデオカメラのバッテリーも生きている。 事務所のバッテリーチャージャーに座ったり、 自宅のコンセントの近くに立っていたりする。 今日連れて帰ったのが自分の物なのか 他の調査員のものなのかもわからないが、 この「目立たなさ」が探偵のあるべき姿か、とも思う。