駆け出し探偵記2
おそらくこういうのが 「探偵の大変なところ」 なんだろうなと、 素人目線で 想像していたことを、初っ端の 二日目で 経験できた。 そしてまず、これが できないことには スタート地点に 並べない ということを察し、 他のどんな業界に おいても 基本を制するものが 勝つものだと、原点回帰する 気持ちになった。
端折って 言い換えると、 人類は今も昔も 進化していて、それでもなお
人はたしかに、 ひとりでは 生きていけないということだ。
生理現象と闘う進化
ベテランの 先輩探偵は、 色んな意味で 豊かな人だ。 隙あらばまるで カセットテープのように、次から次へと 私の知らないことを 何でも 教えてくれる。 呼吸する 時間でさえ 惜しまずに、 「常に理由や 目的のある 行動」 をとる、 上司の鑑である。
尊敬しているのは もちろん、 ただ、 「あれ。 この人は 果たして、 人間なのだろうか?」 と 思う節があった。 いや、 いじっている のではない。 初日で リスペクトの 次元を 通り越して、 たまげてしまった というのが 正解かもわからない。
“一日一食でええねん“
いやいや、 どないやねん。 一日一“膳” て、 普通の 善より 難易度高い ですやん。
私の 1.5倍はある その質量を 稼働させるには、 少なくとも 私の1.5倍を 食わねば ならない 筈である。 ( 実は 前の職場でも、 自分の教育係の 2倍の焼き肉を 堂々と食べた。 しかも 教育係の おごりで…というのは、 黙っておきたい) そう考えると、 コスパの 良い先輩と 燃費の 悪い後輩だ。 クマと ネズミくらい 生物学的な 違いがある。
昔から 代謝と 運動神経だけは 良かったが、 進化論の 観点からいえば、 今の自分が いかに損を しているかが よくわかる。 その、「ガソリン」的な 意味で。
じっとしていると見えてくるもの
はじめての 長時間張り込みは、 車内だった。 ぐぅぐぅと 腹の音を 鳴らしては、 出勤前に コンビニで 買っておいた おにぎりを2つ あける私に 背を向けながら、 「俺の心配はするな」と 言うように、 対象が 出てくるのを 見張る 先輩探偵。 その間、 三度は コンビニで 用を足した 私に対し、 先輩探偵は 一度しか 音を上げていない。 …こんなの、 進化している としか 思えない。 私は決めた。 今すぐ、 “尿意を 我慢する 方法” について 片っ端から 調べよう、と。
先輩探偵は、 体力お化けだ。 トイレ以外、 10時間以上 じっと待ち伏せして そろそろ疲れる 頃だろうに、 いつもの お笑い芸人ばりに 元気な声で 言う。
“眠れる時に、眠るのが仕事だ!“
早朝5時から 尾行して 張り込んで、 気づけば 夕方17時。 まったく 動きの無い 対象…というのも 相まって、 我々の見る 景色が まるで 別の世界線 のように 思えてくる 瞬間が、 定期的に やってくるのだ。 ――― 睡魔と 一緒に。
(ここは どこだ? 何県だ。 あれ… 現実世界で、 合っている?)
ほんとうに、 寝起きあるいは 就寝直前の、 あの “夢と現実の間” そのものだった。
先輩… 自分、 限界っす。
探偵は、 仲間同士で 睡眠時間を 確保するために、 交代で眠ることも ざらにあるらしい。 30分ほど 仮眠をとって 元気になった私が、 もそもそと 動くのを 察知するや否や、 先輩探偵の 武勇伝 ラジオ番組が 始まった。 (そのエネルギーは、 一体どこから…?) 今後の 業務に 必要な情報 ばかりで、 新人として ここで くたばるわけには いかなかった。
先輩… 自分も、 隙あらば 人を笑わせながら 教育できるくらいに、 強靭な 探偵に なります。
ネットで調べた “尿意を 我慢する 方法”の ひとつ、 へその下を 指圧して 深呼吸しながら、対象の動きが 出るまでの 監視を 再開した。
対策として 次回からは、 最低限の 水分と 魚肉ソーセージ (パンや おにぎり等の 炭水化物だと 眠たくなる) を備える ことにする。